瀬戸内サーカスファクトリーの具体的な中期目標はここにあります。
自分が瀬戸内(香川県)に移住してやりたかったことは、
「地方活性化」
という話ではなく、
「国のある程度すみずみで、文化活動が活発に行われる状況をつくること」
なのです。
つまり、もちろん東京も含んで、です。
これが長期目標です。
長期目標のほうは、日本の各地に、同じ思いを共有する人々が増え、つながることによって達成します。
フランスばかりを礼讃するつもりは全くないのですが、30年にわたるフランスとのおつきあいの中ではっきりと「良い」と思うことは、国策によるにせよ、文化の地方分散が見事に成功しているということ。
文字面の知識より先に、現代サーカスの本を書くための取材やサーカスプロデュースの仕事の中でそれをまざまざと目にしました。
田舎の、教会がひとつあるだけのような小さな町にも、活発な文化創造センターがあって、一流のアーティストが滞在制作をしたり公演をしたりする。
誰も狭い場所に閉じこもる必要はなくなり、文化は生き生きと流動しながら成長を続ける。
アーティストにとっても、住民にとっても良いことですよね。
自分は「文化の血流がいきわたる」という言い方をします。
毛細血管まで血流が健康に流れ、目に見えて、社会は生き生きとします。
(もちろん文化に限らず言えることです)
その状態を日本でつくれないか、と思ったのが2011年。
「フランスでは国がやったことだよ?君はそれを個人でやろうとしているの?」
と笑うフランス人サーカス関係者は何人もいたけど、彼らは馬鹿にしていなく、いつも敬意を払ってそう言ってくれた。
いま、地方でアーティストが生きられない理由はたくさんあると思う。
けれど、「ここにしかない創造活動と発表の場、世界につながるネットワークがあって、しかも生活が保障されたら?」
夢でしょうか?
自分はそう思いません。
瀬戸内にいる7年半で、日々、手を止めたことはなく、事実、何かが変わり始めています。
他にない創造活動、地域の協力、産業との連携、滞在制作拠点の創出、
ときに目に見えないほどゆっくりと、しかし7年半の間に、確実に進んでいます。
あとは職の創出です。
これが一番の大仕事。
なにしろ、「地方で、存在しなかった仕事をつくりだす」ことの難しさ、それによって生きてくことの大変さは、自分がいちばん、身をもって知っています。
自分が実験台だと思って、ここまで来ましたから。
これも、あと1年以内に稼働させたい。
動かさなきゃ、ちょっとでも、毎日。
結局「続けること」が、岩を動かす何より強い力なのだ。